和は僕のFirst Loveが好きやけんなぁ
たっぷり二時間飲んで、いい感じに出来上がった和が東雲さんの腕を引っ張って言うた。
僕は今まで和が酔いつぶれたところを見たことがない。いつもいい感じには酔うけど、ほれ以上にはならんらしい。 僕はというと、徳島ロジスティクス一の酒豪を自負しとうけど、実はつぶれたことが一回だけある。恥ずかしいけど、今となってはええ思い出かな。 夜の徳島の街は、それなりの賑わいを見せとった。まあ、街いうても徳島やけんな、知れとうけどな。 「エビちゃんと伊勢原さんがええならええんちゃう?」
東雲さんはエビちゃんと僕の顔を見ながらほう言うた。
「おいエビ、行くやろ?」
すかさず和がエビちゃんに向かって言うた。
「恫喝やん」
まったく、呆れたやっちゃ。ほんな怖い目でにらみつけたら、エビちゃんが怖がってまうやないか。
「僕、行きたいです」
ところが、エビちゃんは臆することなく和に向かって笑顔でほう言うた。
ほれから、僕の方を向いてさらに口角を上げた。
「エビちゃんがほう言うなら僕も行くし」
僕がほう言うと、和は満足げな顔をした。
まあ、せっかくの歓迎会やけんな、エビちゃんさえ楽しんでくれるんやったら二次会でも三次会でも行ったらええんよ。
「ほな決まりッスね」
「僕らいつも行くんはカラオケなんやけど、エビちゃんどう?伊勢原さんめっちゃ歌うまいよ」 東雲さんは、エビちゃんに向かって優しげな笑顔でほう言うた。
僕は、胸の前で少し大げさに両手を振った。
「東雲さん、ハードル上げんといてくださいよ」
もー、ほんなん言うたらエビちゃんが期待してまうやないの。
まあうまいとはよう言われるし、自分でも結構いけとんちゃうかなとは思うけど、あんまり期待されるとなぁ?
「マジでめっちゃうまいけん、普通に歌手やけん、聴かな損やで」
和が僕の腕をつつきながら興奮気味に言うた。和は僕の歌が好きやけんなぁ、いつもめっちゃ歌わせにくるもん。
僕はなんか、恥ずかしくなってうつむいとった。
「僕、伊勢原さんの歌聴きたいです。伊勢原さん、めっちゃええ声しとるから」
エビちゃんがほんな風に僕を持ち上げるもんやけん、なんか顔が火照ってしもた。
「一番はエビいっとく?今日の主役はエビやし?」
和にタッチパネル式のリモコンを渡されたエビちゃんは、首を小さく横に振った。
「僕、歌うんは苦手なんです。でも聴くんは好きですから」
「マジで?」
和が言わんかったら僕が言うてしまうところやった。
エビちゃん、歌わんの?エビちゃんの歌、聴いてみたかったなぁ。
「誰もゆうてへんけん」
和にツッコむんもお父さんの大事な仕事やけん。
ほなけど和も東雲さんも、相当うまいよ。
和は喋り方はこんなんやけどかわいい声しとうし、東雲さんは声だけでお客さんからファンレターもらうくらいの美声やし。
「はい、ほな一番僕いこうかな」
和をスルーして、僕はエビちゃんからリモコンを受け取った。
「伊勢原さん、First Love歌うてよ。エビ、伊勢原さんのFirst Loveは最高やけん。腰抜けるけん」 僕とエビちゃんを見ながら、熱心に和が語った。
和は僕のFirst Loveが好きやけんなぁ。カラオケ来たら毎回歌わされるもん。
「ハードル上がるわぁ」
エビちゃんがめっちゃ目をキラキラさせてこっちを見ようやん。これ絶対期待されてしもとるやん。
これはもうやるしかないなぁ。
僕は意を決してマイクのスイッチを入れた。
で、いつも通りに気持ちよう歌わせてもうた。隣に座るエビちゃんの視線を、ずっと感じながら。
「どう、惚れてもた?」
歌い終わって、僕はエビちゃんに笑いかけた。
「はい、腰が抜けました」
エビちゃんは顔を赤くして、ほう答えた。思わず声を出して笑ってしもたよ。
「だいぶ酔うとんちゃう?帰り、送っていくけんね」
僕はほう言うて自分の頬に手を当てた。だいぶ火照っとるみたいやった。ほんなに飲んだ覚えはないんやけど。